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Hindustani Music / 北インド古典音楽とは

 インド古典音楽とは

 インド古典音楽と呼ばれている音楽は、西洋の音楽とは全く異なる歴史、理論、楽器によって、インド亜大陸(インド、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、スリランカなど)でおもに演奏されている音楽のことです。

 その歴史は紀元前数世紀には既に確固とした音楽理論として文献に記録され、現在に至るまで受け継がれています。その起源はヒンドゥー教の原型となったバラモン教の経典の読踊にあるといわれています。 現在でも読踊はいくつかの決まった音程と節回しによって行われますが、その最初期には2つの音程のみで歴史がくだるにつれて音程が増え、音の長短、間など複雑なルールが規定されるようになりました。

 こうして使用される音程と音の並べ方が、インド古典音楽の演奏上の2つのルールのうちの一つ「ラーガ(音の高低に関する理論)」になります。
 そして音の長短、音の有無、音の始まりと終わりについてはリズムに関する理論である「ターラ」によって細かく規定されており、全てのインド古典音楽はこの「ラーガ」、「ターラ」に基づいて行わなければなりません。

 このようにして宗教上の行事をベースに生まれたインド古典音楽は、その後も宗教と密接に関わりあいながら理論も技術もともに発達していき、寺院では音楽は神へのささげ物として演奏されていました。



 10世紀にはいると、インド亜大陸の北西の入り口、現在のアフガニスタンから徐々にイスラム教徒達が入ってきて、ついにはイスラム教徒による王朝が成立します。

 このイスラム教徒と、彼らの持ち込んだ外来の文化であるイスラム文化は、それまでの純ヒンドゥー文化を基礎にしたインド古典音楽にも多大な影響を与えます。それは理論、演奏上の影響だけでなく使用される楽器や、用語の中にもアラビア語やペルシャ語が多く使われていることにもあらわれています。

 イスラム文化の流入によって音楽を取り巻く環境にも大きな変化がおきました。以前は宗教の祭事の一つとして寺院での演奏が主だった場所であったのが、その頃からのイスラム王朝の強大化、安定化によって多数の音楽家が宮廷に召抱えられるようになりました。
 音楽の中心が寺院(聖)から、権力者の宮廷(俗)に移ったのです。


 その後北インド各地の宮廷では、権力者の保護によって音楽が演奏され、演奏の形態も神へのためだけでなく、権力者、人々を喜ばせるためにも演奏されるようになります。

 宮廷内の演奏家たちはそれまでのように理論、技術を正確に表現するだけでなく、彼らの音楽を聴く人々を魅了して、喜ばせることも要求されるようになりました。
 この頃から以前の純ヒンドゥー的な音楽、すなわち音楽を宗教行事として捉え、考えていた音楽家たちは、イスラム権力のまだ及んでいない南インドに移住していきました。そこにはまだヒンドゥー教徒による王権が残っており、純ヒンドゥー的な音楽のあり方、考え方が残っていたからです。

 現在でもその時に南インドに移住した音楽家たちが大きく関わった南インド古典音楽には、北インド古典音楽とは異なった演奏上のしきたりが見られ、またイスラム侵入以前の楽器がとてもよく演奏されるのをみることができます。


 さて一方、北インドに残った演奏家たちには大きな変化が待ち受けていました。寺院と身分制度(カースト)によってある程度保障されていた生活の保障が、演奏の舞台が宮廷に移ることによって人間の楽しみのために演奏することになり、その為演奏家の間で競争が起こるようになったのです。

 そこで演奏家たちは他の演奏家との差別化をはかるため、個々の演奏上の特色、持ち味を重要視するようになり、さらにその特色の一部は秘儀という形で後進に伝えられていきました。

 これが北インド古典音楽における流派の誕生です。こうして生まれた流派はテレビやラジオをいった大量伝達手段の無い頃は、各地方の地域性と結びついており、かなり閉鎖的なものでした。それぞれの流派には演奏上の特色があり、門外不出とされる曲やフレーズなどもありましたし、一人の演奏家がいくつもの流儀で演奏をするということもありませんでした。

 次に北インド古典音楽におきた変化は、イギリスの植民地支配によるインド各地の王朝の弱体化と、西洋文明の流入によってもたらされました。またそれに続くインド独立による王権制度の廃止によって、それまで王侯貴族の庇護下で発達してきた音楽は、インド国営ラジオや政府によってインド全土の一般市民にの広く知られるようになりました。

 地域、流派に関して閉鎖的だった演奏家たちの考え方も生き方も変わりました。それまでは特定の宮廷だけで演奏していたのが、「今日は北のある都市でコンサート、明日はそこから300キロ東の別の町でコンサート」を行うといった地域上の閉鎖性からの脱却や、既に一つの流儀で演奏法をマスターしたものが、自らの演奏の幅を広げるために他流派の流儀を習いはじめる、といったことも起こりました。

 これらの変化は大衆化した北インド古典音楽のリスナー達のニーズに答えるために、演奏家たちが受け入れなければならない変化でした。

 こうして社会の変化に応じて変容を遂げた北インド古典音楽ですが、「ラーガ」、「ターラ」に基づいた即興演奏である、という点だけは変わりませんでした。

 細かい計画や予定に縛られることなく、必ず守られるべき最低限のルールによって時代の変化に対応しながら生きていこうとするインド人のメンタリティーが、音楽にもあらわれていると言えます。 


 「ラーガ」「ターラ」とは(インド古典音楽を演奏するための2大ルール)

 「ラーガ」とは
 「ラーガ」とは「音の高低に関する理論」、そしてその理論によって作られた音の並びの事を言います。「音の高低」、解りやすく言うとドレミファソラシドの使い方の事です。

 ふだん私たちが歌う歌は、ドレミファ、、、の中の音を使って作られています。ある音から、別のある音へ、低い音から高い音へ、高い音から低い音へ、こうした音と音のつながりによってひとつの曲が出来ています。

 そしてこれら音のつながり方の違い、使い方の違いによって「楽しくなる曲」「悲しくなる曲」「怖くなる曲」など、聴く人の感じるものの違いが生まれます。インドではこのいろんな違った感じの曲を作るために「ラーガ」を使います。

 インド古典音楽は即興音楽なので楽譜を一切使いません。そのかわり演奏家は、たとえば「楽しくなる音楽」を演奏するためには「楽しくなる音楽」を作るための「ラーガ」によって決められたいくつかの音だけを、決められた音の動き、つなげ方の方法にのっとって、その場で曲をつくっていきます。
 また一言で「楽しい」といっても「(本当はちょっとだけ心配事があるんだけど大体は)楽しい」、「(今この瞬間は全てを忘れる事が出来るくらい楽しいんだけど、この楽しさは永遠に続くものではないという事も知っている、ほんの少し寂しさの混ざった)楽しい」楽しさ、などなど人間の気分や感情は一言では言い表すことは出来ません。インド古典音楽にはこれら微妙な感情の差に対応するべく数百種類のことなる「ラーガ」があります。

 そしてすべての「ラーガ」は演奏されるのに相応しい時間、時期など等が規定されており、演奏家は人間の持つ微妙な感情の違い、変化を表現するためにはそれぞれの「ラーガ」の持つ演奏上のルールを厳しく守りつつも、音楽として表現しなければならないのです。


 「ターラ」とは
 「ラーガ」は音の「高低」についての決まりでしたが、「ターラ」は音の「長短」、「有無」について、わかりやすく言えば「リズム」に関しての理論です。インド古典音楽は即興音楽なので楽譜は使わないのですが、ある一つの曲想で他の演奏家と一緒に演奏する場合には「ターラ」の決まりを守る必要があります。

 たとえば、何拍子の曲で、どれくらいのスピードで、その中の一拍目はどんな音、二拍目はどんな音で、どこで始まって、どこで終わるのか、、、そういったことが「ターラ」によって決められているのです。主奏者と伴奏者(打楽器奏者)による合奏部「ガット」では、打楽器奏者によって「ターラ」は繰り返されるリズム・パターンとして演奏され続けます。

 しかし時々両方の演奏者は故意にそのパターンから外れたような演奏をしてみせ、聴いている人を驚かせるのですが、必ずそのまま元のパターンの上に戻ってきます。そして戻る時は「ターラ」の決まりによって、そのリズム・パターンの一拍目に戻ってこなければいけません。

 一緒に演奏している複数の演奏家が、あるとき別々に動き出して、聴衆が「あ、この人たち間違えたぞ、リズムがそろってない。」なんて思っていると、いつのまにか演奏家たちは再び一緒にそろった演奏に戻っている、そして彼らが一緒になるのは必ず一拍目である、それがインド古典音楽の聴き所の一つでもあります。


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