In Concert / インド古典音楽の楽しみ方

演奏の形態 

 北インド古典音楽は多くの場合、少人数の演奏家によっておこなわれます。一時に演奏するのはどんなに多くても4~5人です。というのも北インド古典音楽は、決められた楽譜を演奏するのではないので、一度はじまった演奏は、長くなったり短くなったり、静かになったりうるさくなったり、すべては演奏家たちがその時々、場面の空気に応じて創り出していくからです。 

 北インド古典音楽はほとんどの場合、主奏者による独奏部「アーラープ」によって静かにはじまります。主奏者は決められたラーガの一番大事な音から、ゆっくり別な音へ、とても注意深く慎重に示していきます。そして徐々に使用する音の種類が増えていくと、演奏されている「ラーガ」の輪郭が初めはおぼろげに、次第にはっきりと浮かび上がってきます。 

 十数分から数十分のあいだ「アーラープ」の演奏で「ラーガ」の印象がはっきりすると次に「ジョール」に移行します。伴奏者である打楽器奏者はまだ加わりません。そのためこのジョールではリズムはあるのですが、そのリズムにどこが一拍目でどこが二拍目かといった、始まりと終わりが決められていません。 
 ジョールがスピードを増していくと、簡単なリズムパターンを持ち極限のスピードまで演奏される「ジャーラー」と呼ばれるパートに移っていきます。そしてジャーラーは完結するときなどに使用されるフレーズ、ティハイによって終了します。 

 このアーラープ、ジョール、ジャーラーという演奏の流れは、打楽器奏者との合奏ガットの前に連続して行なわれますが、ジョールとジャーラーは省略される場合もあります。 

 さて次は「ガット」と呼ばれる主奏者と伴奏の打楽器奏者による合奏です。 
 まず主奏者は独奏部て演奏したラーガの音を使って決まったメロディーパターン(スターイーといいます)を、非常にゆっくり演奏して伴奏者に、これからどのターラで合奏を行なうのかを示します。伴奏者は示されたターラに沿って開始拍できちんと完結するように短いソロをとります。 

 こうして始まる合奏部ガットは主奏者と伴奏者の音の会話にもたとえられます。 
 挨拶から始まり、すこしずつ込み入って突っ込んだ話、そして時々冗談をまじえながら、話すことと聴くことをお互いに繰り返しながら、スピードは増していきます。 
 ガットはひとつのターラで数分から数十分、極まれに一時間以上続きます。また、一回のガットにいくつかのターラで演奏することもしばしばあります。 
 主奏者とタブラ奏者でやりとりが続く中、演奏のスピードは徐々に増して意気、そのままジャーラーとよばれるパートに突入します。 
 ジャーラーのパートが極限のスピードまで近づくと殆どの場合、ティハーイーと呼ばれる終止句のようなフレーズを演奏して、演奏は終わります。 

 実際のコンサートでは 

 インドのコンサート会場では、演奏中でも演奏者が特別いい音を出したり、気の利いたことをやったときには、共演者やラーシカ(味の違いがわかる人の意)などと呼ばれる聴衆たちは「キャーバーテー(なんて事だ。)」とか単に「バー」などとかけ声をかけたり、拍手や間の手を打ったりします。 

 演奏中におこる聴衆によるバーの声や拍手は演奏家にとってその日の演奏の目安にもなります。なぜならその場の聴衆の反応で、演奏は長くも短くも、静かにも激しくもなるからです。こうして聴衆も演奏者と一緒になって、いつ終わるとも知れない時間を作っていくのです。 

 さてインドでも近年では何時に始まって何時に終わる、というような時計に合わせて演奏されるようになりましが、数十年前までは終わる時間や演奏時間の長短はすべて演奏者と聴衆次第でした。 
 両者ともにノリにのってる場合など「一晩中演奏し続けた」「それを一晩中聴き続けた」といったこともありました。しかし残念なことに日本はおろか、かのインド時間の国「インド」でも、殆どの人には明日の予定があります。 
 演奏家も聴衆も明日の仕事や学校のためには今夜寝なければならないし、家に帰るためには終電に間に合わせなければなりません。 
 ですから、北インド古典音楽の演奏者は皆、限られた時間の中だけでも聴衆と一緒にまるで全てを忘れてしまうようなすばらしい時間をつくりだし、共有しようと努力するのです。 
 これが北インド古典音楽における「インド時間」であり、この時間を楽しむことがインド古典音楽の楽しみであるのです。 

 

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